「衝角って優位に働くのは木造船相手程度なのでは?
あってもいいか程度だったのか?」
と言うお題について調べてみた。
>衝角って優位に働くのは木造船相手程度なのでは?
(訂正、衝角をもつ僚艦による衝突沈没事故が相次いだため)
衝角が
また、実際に黄海海戦で衝角を当てることができなかったことを見れば
戦闘では、実際には当てることが難しいようなので(砲撃も然り)
半分正しいと思います。
しかし、定遠の時代で考えると衝角はまだまだ有効だったと考えます。
衝角によって装甲艦が沈没した例があります。
1866年のリッサ海戦でオーストリア装甲艦フェルディナント・マックスの
衝角攻撃により沈没したイタリアの装甲艦レ・ディタリア
1893年に演習中に僚艦のキャンパーダウンと衝突し
衝角があけた破口により沈没したイギリスのヴィクトリア
しかしヴィクトリアについては沈没状況がよく分からないので
2つの仮定で衝角が有効であることの説明をしたいと思います。
仮定①衝角が装甲を突き破ったのだとしたら。
ヴィクトリアについては、503mmの舷側装甲を持っています。
清国の定遠335mm、日本海軍で最大の舷側装甲を持つ扶桑231mmと比べると
その厚みが大きいことが分かります。
ヴィクトリアに衝突した、キャンパーダウンで排水量10,600トン、速力17ノットで
定遠は排水量7,144トンでやや軽いが、対抗艦である扶桑の装甲は簡単に貫けるものと考えます。
よって、列強国においてはまだ衝角についてはまだ検討を必要とするかもしれないが
清や日本などのアジア地域では、定遠の衝角にぶつけられれば
装甲艦でも沈没する可能性大であるといえます。
じっさい扶桑は衝角によって一度沈没しているようです。
戦艦 扶桑(初代):Keyのミリタリーなページ
日清戦争終結後の1897年10月29日に伊予浜沖で
巡洋艦「松島」と衝突事故を起こし沈没したが、
幸いなことに沈没箇所の水深が浅く翌年引き上げられ修理され軍籍に復帰している。
巡洋艦「松島」仮定②衝角を装甲をはずして衝突させた場合
ヴィクトリアの破口部分(白)と装甲の位置を見比べると
衝角が装甲部分をはずしているように見えます。
装甲艦といえども、すべてに装甲を施すことは無理で衝角を用いる場合、
水線の下を狙うようになっているので
非装甲部分に当てることができればよいのではないかと。


どちらにしろ、衝角によって装甲艦を沈没させることは可能で
優位かどうかは、相手の装甲よりも速力や錬度、兵装によって
決定されるものではないかと思います。
>あってもいいか程度だったのか?
当時、砲撃によって装甲艦を無力化するには小口径弾を大量に命中させて
艦上構造物を破壊するしかなく、実際黄海海戦で実際に日本がとった戦法。
よって、砲撃の命中精度に劣る清国海軍にとって衝角は
あっていいか程度どころか、あってしかるべきであると考えます。
清国海軍が、黄海海戦でとった横隊を組んだ戦法が
オーストリア海軍から学んだものなので
衝角攻撃をメインに考えていたようです。
よって、清国海軍にとっては衝角は重要だった。
日清戦争黄海海戦
日本がしばらく衝角を採用したのは、保険だったかもしれません。
砲撃戦を重要視していたようですし。
追記2010/2/15
秋山真之の戦術論集に
衝角は、水雷が発展したためこれを当てることは困難だが、無きに優ることと船首浮力増大のためにこれを搭載する
との記述があった。
追記ここまで
参考にしたサイト
ヴィクトリア (戦艦)出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三脚檣写真帖 (6)
西洋技術導入時期だとしても、とりあえず真似しようか的な適当さはないのね。清国海軍幹部は、自国の兵士を冷静に評価できており、清国従来の戦法を発展させた形に合う兵器の新鋭化を狙ったのだな。これなら膨大な数の兵士を根底から教育しなおす必要もない。眠れる獅子と言うのは間違いではなかったか。
返信削除>清国海軍幹部は、自国の兵士を冷静に評価できており
返信削除そのことは、丁汝昌が最もそれを認識しており、彼のとった戦略からもいえるものだね。そもそも、海戦自体が当時の清国兵にできるものでなかったから定遠、鎮遠を威嚇外交目的に用いて実際の戦争では実存艦隊構想に基づき温存しつづけた。しかし、陸戦で敗北したために海上決戦に訴えるしかなかったと。
丁汝昌は相手として不足はなかった。
×実存艦隊
返信削除○現存艦隊