2008年11月3日月曜日

フューリアス

思い込みと言うのはいつの間にか発生していたようで、戦艦入門と言う本を読んでると「そうだったの?」と思ってしまった記述に遭遇した。


何がそうだったのかというと、戦艦大和で知られる46cm艦載砲は他国ですでに前例があったということだ。しかも、第一次大戦中に。


・さいきょう
ここに、なーんの変哲も無い紳士の国の軍艦がある。

この軍艦は、英国海軍大型軽巡洋艦「フューリアス」と言う。
第一次大戦の最中の1917年6月26日に竣工した。
前後の船体中心線上に35口径18インチ(457mm)単装砲を2門搭載している。

大和の就役が1941年12月16日であるから就役と竣工の違いがあるが、大和就役から24年と半年前にすでにイギリスは46cm砲搭載艦を建造していたということになる。

これは、当時の戦艦の主砲口径が日本の戦艦伊勢級で36cm、アメリカの戦艦テネシーやニューメキシコでも同じく36cmだったことから、飛びぬけて巨大であったかがわかる。
砲の試作や計画だけならアメリカや日本で50cm砲の試作やドイツでの50cm砲搭載艦計画があったが、搭載艦を作り上げたのはイギリスだけであった。

この時代に各国が大艦巨砲主義に邁進したのは、第一次大戦でのユトランド沖海戦の結果から、戦力=最大口径砲の数と考えられたからである。すなわち、艦隊決戦に制することを考えて各国は巨砲の艦船運用を研究していた。

しかし、イギリスは違った。

・艦隊戦分からない、りくじょうほうっておいしいの?
フューリアスに46cm砲が搭載されることになったのは上陸作戦のための「ドイツのバルト海の海岸部攻撃用」としてであった。陸上攻撃に無誘導の砲弾を使って海岸の敵と渡り合うには、後年のアメリカのように大量投射しなければ勝てないことが当時の一般的な認識でした。その裏づけとして、日露戦争における旅順港封鎖作戦やガリポリ上陸作戦の失敗がある。ましてや、バルト海はかなり入り組んだ地形であったため、艦砲射撃と陸上砲と渡り合うのは困難であると予想される。



また、上陸作戦を行なったとしてそのための艦船をバルト海に進めれば航空機がまだ発達していない時代であるからバルト海に引きこもったドイツ海軍の温存兵力をなんとかして洋上艦隊決戦で叩かない限り相当な脅威になると考えられる。ドイツ海軍は1916年のユトランド沖海戦から戦争終結の1918年の2年間引きこもっていられたことから、壊滅させるには時間がかかると考えられる。
よって、バルト海沿岸部上陸とバルト海沿岸部攻撃は実現性がなかったと考えられる。
艦隊決戦にして使うにも、調べる限りではまともに運用できなかったようだ。
こんな、艦船を作るなんて東部戦線で頑張ってるロシア兵も唖然として凍りついたであろう。

しかし、ここにイギリスの良いほうの創造力が働く。


3.46cm砲搭載航空戦艦
フューリアスの航空母艦(世界初)への改装である。




まさか、一つの軍艦に大間違いの兵装から、先進的な兵装への転換が行われるとは・・・

イギリスって素敵な国!

つづく?

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